伸ばした手に触れるモノ。

あったかくて、優しい体温。

私はこんなにも大好きで、こんなにも幸せなのに…。

貴方は、違うのかな









すれ違う温度








すーっと息を吸い込む。懐かしい匂いに、胸の中がほんのりと暖かくなった。

全身が映る鏡の前に立って自分の姿を見る。うーんと悩んでからくるりと一回転。

ふわっとスカートが広がり、元の位置に戻ってきたらまた鏡と睨みあいをする。だが今度は、はふふっと笑顔を浮かべた。





「久しぶりだなー…この制服着るのも。えへへ、なんか照れる」





あははと恥ずかしげに頬を掻く。すると部屋の外から美鶴が呼ぶ声が聞こえた。





様?学校の時間では…」

「え、もうそんなに経ったの!?うわぁ大変っ早く行かないと!」





慌てて鞄を手に取り部屋を出る。するとそこには少し困ったような面持ちの美鶴がいた。

おやと思って立ち止まると、躊躇いがちに美鶴が口を開く。






「あの、様。玄関にお迎えに参られましたよ」

「…お迎え?誰から?」





きょとんとして言えばまた美鶴は苦笑いを浮かべる。

誰かと待ち合わせなんてしてないのにな、と考えていると美鶴が告げた。





「鴉取さんです」





一瞬の沈黙。そして、は叫んだ。





「ま、真弘先輩がっ!?う、嘘何で!どうしてっ!」

「先程早くしろと仰られてまして、その…」




美鶴が何を言いたいのかを瞬時に理解すると、はその肩をポンと叩いた。





「わかってるよ。うん、それじゃあ行ってきます!」

「…行ってらっしゃいませ」













玄関に行くと真弘の姿は無かった。先に行ってしまったのかと思い慌てて飛び出すと、玄関の少し向こう。

そこに、彼はいた。





「っ真弘先輩!」

「おっせーぞ!てめぇ俺まで遅刻させるつもりか」

「ごめんなさい!でも、先輩も迎えにきてくれるならそう言ってくれればいいのに」





の反論に真弘の顔が一瞬にして赤くなった。

そして怒ったようにいつもの大声で叫ぶ。






「う、うるせー!いいからほら行くぞ」






照れているのかなんなのか、1人で先にスタスタと歩いていってしまう。

そして慌ててはその小さな背を追いかける。





「真弘先輩ってば、待ってください」

「さっさと来いよ」





自分で先に行っておきながら文句を言って立ち止まってくれる。

それが嬉しくて、は満面の笑みで頷いた。





「はい!」



















学校に着くや否や、真弘はどこか慌てた様子で先に校舎の中へと飛び込んでいってしまった。

一緒に登校してきたというのにどうも様子が変だ。


引き止める間もなく姿を消した真弘の行った方向をぼけーっと見つめていると、ふいに肩を軽く叩かれる。






「おい、こんな所で何してんだ?さっさと入れよ」

「拓磨…う、うん」

「?どうしたんだよ、お前」






どこかぼけっとした面持ちのを心配し尋ねるも、とうの本人は「大丈夫だから!」と言って笑顔を取り繕う。

本音を言えば真弘のことが気にかかったのだが今は隣に置いておこう。

どうせ昼休みになれば会える。

それに今の真弘との関係は“守護者”ではなく“恋人”なのだ。

改めてそう思うと気恥ずかしいが、それも今は幸せだ。



今度はにへらと笑うを隣で見ていた拓磨は「変な顔」と言って殴ってくる。

1人先に行く拓磨の背を、文句を言いつつ追いかけた。















「・・・・・・おかしい。絶対に、おかしい」





初めの第一声がこれだ。

思わず隣で昼食を取っていた拓磨も困ったような、面倒くさそうな顔になる。

話しかけようかと考えている間に、お稲荷を食していた裕一が口を開く。





「どうした。可笑しな顔になっている」

「あ、裕一先輩。あの、ですね。・・・・どうして今日は真弘先輩いないんですか?」





あえて顔の話題には触れずに会話すると、裕一は気にするまでもなくぼんやりと空を見上げる。

相変わらず素直というかなんというか・・・ついつい自分の顔を鏡で見てしまう。

そうこうしているうちに、彼が告げた。






「真弘なら先ほど教室にいたのを見たぞ。どうやら呼び出しをされたようだ。
もしかすると、今日はもう来れないかもしれいな」


「・・・そう、ですか。わかりました」


「なんだ。やっぱ、真弘先輩がいないと寂しいってか?」


「なっ、ち、違います!ただちょっと、気になったっていうか・・・なんというか」





ぼそぼそと小声で言うと拓磨も少し不審に感じたのか、冗談を言う雰囲気を消す。

屋上に来たときはあんなにもはしゃいでいたというのに一体どうしたのだろうか。

何やら聞くのははばかれるような気がしてならない。





「あ、全然気にしないでね!私別に大丈夫だから。それに、真弘先輩となら一緒に帰る約束してるし」





心配させないように明るく笑ってみたものの、流石にそれは気づかれたか。

2人は気遣うような面持ちをしていたがそれ以上追求しなかった。





(考えすぎだよね。真弘先輩に、避けられてる、なんて。そんなの)





杞憂に過ぎないと思いながらも、どこか胸の中では小さく、小さく、チクリとした痛みが広がる。

それを気のせいだと決め付けた。















「・・・・・・」





放課後。

ようやく真弘に会えると思ったのも束の間、真弘が少し来るのが遅れると裕一から伝言を受ける。

先に帰っていてくれて構わないと言われたが、はそれをしなかった。もう、朝からずっと会っていない。

会いたいという気持ちがの足を押しとどめたのだ。

待ち合わせ場所の校門前でそれを聞いてから既に大分時間が過ぎた。

今の季節、日が沈むのは遅い。

まだまだ夕方だというのに既に辺りは夕闇に溶け込んでいる。

そしてとうとう、意を決しては真弘の教室まで乗り込むことにしたのだ。





「と、いってもなぁ。やっぱりちょっと・・・っていうか、凄く緊張する」





3年の教室に行くということだけでも緊張するというのに、それに加え真弘がいると思うと違う意味で心臓が跳ね上がる。

僅かの緊張と不安。そして期待に満ちて、はゆっくりと階段を上っていった。

そのとき





「何だよそれ!ったく、決め付けるなっての・・・」






(あ、真弘先輩の声)





教室の手前まで差し迫ったとき、聞こえてくる少し高めの男性の声。

それがすぐさま真弘だと気づいた自分に思わず苦笑いしつつ、そっと入口に立つ。

そして声をかけようとしたのだが





(あ・・・・・・)





目に飛び込んできたのは女生徒の姿。そして耳に入り込む、可愛らしい声。

楽しそうに笑う真弘の姿が、そこに、あった。





(真弘先輩・・・?)





途端、胸の奥が締め付けられるように痛む。

イタイ、イタイ、イタイ。

痛いよ、真弘先輩。





そしてそのとき、は女生徒と目が合う。

間もなく振り返った、真弘。





「え・・・・・て、!?」

「あ・・・・あの、その・・」

「何でお前こんなところに?っていうか先に帰れって」

「すいません!」





こちらに真弘が来る前に脱兎のごとく走り出す。

後ろで驚いたような真弘の声が聞こえた気がしたが、そんなことに構っていられる余裕はなかった。





(駄目、今、先輩の顔見られない――――――)





目頭が熱い。あぁ、泣いてしまうとどこか遠くで感じた。

なんで、こんなに、痛いんだろう?














「はぁ・・・・はぁ、っはぁ」





帰り道、荒い息のまま木に手をついて呼吸を整えた。

思ったとおり涙が零れて止まらない。

どうして泣いているのかさえわからないまま、ただは痛む胸を押さえた。





「う・・・ぐず、真弘せんぱぁい・・・・・・」





子供のように涙声で大切な人の名前を呼ぶ。

こんな時でもやっぱり最初に名前が浮かぶのは、彼で。

愛しさよりも今は苦しさだけが募る。





そうしてもう一度真弘の名を呼ぼうとしたとき、ぐいと腕を引っ張られる。

振り返った先にいたのは、荒い息を吐く彼。





「ま・・・・・真弘、先輩?どうして」

「どうして、じゃねぇよ!ったくなんだよいきなり逃げやがって。俺が何したって言う・・ん、だ」





そこまで言うと真弘の顔が固まる。

あ、と言う間もなくその場に絶叫が響き渡った。





「お、おま、何で泣いてるんだよ!どっか怪我したのか?それとも、何かあったのかよ」

「ち、違います・・・ぐす」

「誰だぁぁぁを泣かした奴はぁぁぁぁ!!」






1人勘違いをして怒りを露にする真弘を見ていると自然と涙も姿を消し、ようやく落ち着く。

そしてぶつぶつと何か呟く彼をじっと見つめた。





「原因は、真弘先輩なんだから・・・・」

「は?」

「先輩が浮気なんてするからだもん!」

「はぁぁぁ!?て、何だよ浮気って!誰が、いつそんなことしたってんだ」





慌てて問い詰めようとするも潤んだを見、怯む。

それをチャンスとばかりに一気にはまくしたてた。





「だ、だってお昼も会いに来てくれなかったし、朝だって学校ついたらさっさとどこか行っちゃうし、さっきだって・・・」

「あ、あのなぁ!あれは」

「寂しかったんですから!」





途端、真弘は反論するのをやめる。

ただじっとを見つめた。





「せっかく会えたのに、真弘先輩どこかよそよそしいし、他の女の子と楽しそうに喋ってるし・・・」

「あ、あれは」

「すっごく、寂しかったんです」





拓磨や裕一先輩がいてもやっぱりそれは真弘先輩じゃなくて。

どんなに楽しくても、やっぱり先輩じゃないと駄目で。

それが自分だけだと思うとやっぱり寂しくて、悲しくて。





「・・・・・・悪かったよ。その、まぁ色々」

「浮気は絶対に許しません」

「それだけは勘違いだ!浮気なんてするかっ」

「じゃあ、どうしてあんなによそよそしかったんですか?」

「うっ・・・それは、だな」





ふいと顔を逸らした真弘をじっと見つめていると、彼の頬と耳が真っ赤になっているのが解った。

思わずぽかんとしていると、真弘は観念したように真っ赤な顔で言う。






「は、恥ずかしかったんだよ!わりぃーか!」

「・・・・恥ずかしかったって?」

「そ、そのだなぁ。こ、恋人・・・同士だし、ほら」

「はぁ・・・・・・・」






珍しくどもりながら話す様子を見ればよほど恥ずかしいのが解る。

が、それが不思議でたまらなかったのでたずねた。




「今更ですか?だって、皆もう知ってますよ?」

「わぁーってるよ、それくらい!でもほら、やっぱり色々と事情が」





よくわからなかったがとりあえず頷いておく。

真弘には真弘なりの事情があり、それが何故か恥ずかしいのだろう。

赤い顔のままの真弘にぽつりと呟く。






「でもやっぱり、許しません」

「・・・・・じゃあどうやったら許すんだよ」

「キス、してください」

「おう・・・・・・・・・って、んな!?」





にこっと笑って言うと面白いくらいに赤くなってくれる。

ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする真弘に代わって、もう一度言った。





「キスしてくれたら許してあげます。だから、はい」

「は、はいって、お前なぁ」

「・・・・・・嫌ですか?」





そう問えばぐっと何か言葉に詰まる。

わけがわからず、ぐっとは真弘に近寄った。

背丈があまり変わらないので身長差は気にする必要がない。

そうしてもう一度「キス」と言った。





「・・・・わ、わかったよ」





赤い顔のまま照れくさそうにそういうと、近寄る顔。

瞼を閉じると同時に唇に触れる愛しい人のぬくもり。

温かくて、優しくて、幸せになれる。



触れた箇所から伝わる愛しさ。

あぁ、やっぱりこの人が大好きだと感じながら、2人は離れた。





嬉しそうに微笑めば、今度こそ真弘も笑い返してくれる。




ほら、さっきの胸の痛みなんてどこかへ行ってしまった。

いつだって、この胸の中を満たしてくれるのはあなただけだから。






「真弘先輩、もう浮気は駄目ですよ」

「だから浮気じゃねぇって言ってるだろうが・・・・・」







はい、なつみ様リクエストの真弘でした!ようやく書き終えまして・・・
遅くなってすみません

リクエストは「真弘との気持ちに温度差があることに悩むが、最後はやっぱり甘々な小説」
とのことでしたのでまぁ出だしはシリアス?に。
ちゃんとリクエストどおりに書けたかとてつもなく不安です。
途中長くなりすぎたので展開速いです。前後にすればよかったか・・・・・