『行かないで!』




闇の中木霊する、高い声。涙でぼやける視界には1人の男性の後姿。

必死に手を伸ばし、走って追いかけていく。それなのに2人の距離は縮まることなく、むしろ徐々に広がる。

消えていく姿には声を張り上げた。







『待って、行かないで・・・・行かないで卓さん―――――!!』













暗 闇 に 響 く 声














ガバッと勢いよく起き上がる。全身が汗だくで、呼吸も荒い。

微かに震える体に気付きはほっと息を吐く。夢だったということがわかり安堵した。

だが同時に夢の中で感じた、あの心が潰されてしまうような哀しみが蘇る。瞬間ぞっと寒気が走った。





こんな夢を、何度か見る。あれはもう前のことで今は関係ない。

彼は傍にいてくれる。ずっと、共にいると誓った。





なのに





時たま思い出されるあの時の苦しさや悲しさ。自分の下を去った彼が、今でもどこか胸の中にわだかまっているのだろうか。

そんなことないはずだ。もう彼はどこにも行ったりなどしない。

それは自分が一番よく知っているはずなのに。





「眠れない、な」





ぽつりと呟き言葉は闇に溶ける。ぼんやりと時計へ目をやれば、真夜中を指し示していた。

もしかしたら美鶴ちゃんが起きてくるかもしれない。そう思ったがはそうそうに布団から出て着替えた。

今すぐ再び眠りに落ちることは無理だろうし、だからといってこのままだと気落ちしてしまうだろうことは目に見えている。

そろりと部屋から抜け出しは神社の方へと向かう。

こんな夜中ならばきっと誰もいない。あの美しい月を見れば、気持ちも落ち着くはずだ。

冷たい空気を身に纏い足早に駆け出した。










はっはっと微かに息を弾ませ小走りで境内に向かう。

夜に出歩くなどとなんたること、なんて怒られるかもしれないと思いつつも軽い運動が気分を高まらせる。

沈みかけていた気持ちもどこかへと行き、ふふっとは小さく笑った。


部屋から出てすぐは少し心もとなかったが、いざ行動してみれば案外楽しい。


しかし境内に近づくにつれひとつの人影が見て取れてから、その気持ちは姿を隠した。





「あれ、は・・・・・」





後姿だけなのに問われることなく答えることが出来る、その姿。つい先程まで夢の中にさえ出てきた人。

長い髪によく似合う着物。あれは間違いなく――――――





「卓さん・・・?」





小さく呟いた声に反応するようにその人は振り返った。

一瞬驚いたように目を見開き、すぐにいつもどおりの笑顔を浮かべて。

胸に、締め付けられるような痛みが走った。





さん、ですよね。驚いたな、まさかこんな時間に会えるなんて」

「す、卓さんこそどうしてこんな時間に?」





まさかこんな所で遭遇するとは思いもせず狼狽するに、優しく笑って卓は答える。





「月があまりにも綺麗でしたので、つい。

 それにここまでくれば、もしかしたらあなたに会えるかもしれない、と思ったのも確かですし」





普段と同じ表情に安らぐのに、苦しくなっては拳を握り締める。

そんな少し様子の違う彼女に気付いたのか、不思議そうに卓はの顔を覗き込んできた。

ドキリと胸が高まる。それなのに





「どうか・・・しましたか」

「い、いえ何でもありません!すみません、あんまり驚いたので」





慌てて両手を横に振って否定すると、どこか腑に落ちないという顔をするがそうですかと微笑する。

申し訳ない気持ちが広がるが今は声にださずに謝った。

卓は視線をから月へと移し、口を開く。





「いい月ですね。ですが、こんな夜更けにたった一人で出てくることは感心しませんよ?何かあったらどうするんです?」

「あ・・・・その、ごめんなさい」

「まぁ建前なのですが。・・・・・私は、あなたに会えて嬉しいですから」





クスリと楽しそうに笑われ頬が紅潮するのが自分でもわかる。

恥ずかしくなって顔を伏せるを愛しそうに見つめ、卓は話し続ける。




「こうしていると思い出します。貴方と初めて会った夜、こんな風に庭で話をしましたね」

「はい。あの時は色々あって凄く不安で、でもみんなでいると楽しくて。あの鍋も美味しかったし」





鮮明に思い出す光景に笑うと、自分に向けられた視線に気付いた。

優しくて、でもそれ以上に熱い視線。頭の奥まで痺れるような熱に犯される。

彼がとても大切で愛しくて。でも、やっぱり





「・・・・・・夢を、見たんです」





ポツリ、ポツリともらす言葉に卓は小さく「はい」と相槌を打った。

微かに震えるか細い指で、は彼の着物の端を握り締める。





「卓さんが傍にいてくれるのはわかってるんです。ちゃんと、わかってるつもりなんです。だけど、怖くて」





あの時に感じたあの思いは消えることなくこの胸に中っている。

あんな夢のせいで、あんな気持ちが思い出されて、こんな風に一番大切な人に心配させてしまった。

自己嫌悪に飲まれる。そんなを、優しい腕が抱き寄せた。





「えっ・・・」





触れたところから伝わるぬくもりに、一瞬思考が停止した。

そしてすぐさま、今抱きしめられているのだということに気付く。

柔らかな声色が耳元から伝わる。





「どこにもいきません。私がいる場所は、いつもあなたの傍だけ」

「っ・・・はい」





響く声はどこまでも優しく、私の中に溶け込んでいく。

胸の中をこんなにも暖かくすることの出来るただ一人の人。

ぎゅっと強く抱きしめ返すと、卓さんが笑ったのを感じた。





「だから、大丈夫」





卓さん、卓さん。





「大好き・・・・・・です」





そして私は、心からその言葉を告げる。





ただ月の光が私達を見守っていた。




あとがき:

凄く微妙な仕上がりになってしまいました・・・・。最後のほうをもっと違う終わり方にするつもりだったのに、あれれ?
切ない系かつ甘く!と思いつつ書いたものの甘い、か・・・?
ただ途中で叫びたくなるほど恥ずかしかったです(照