午前11時ちょうど。宇賀谷家の台所に珍しい人物が立っていた。

そして目の前のものを見ると、感極まった声で呟く。





「つ、ついに出来ちゃった・・・!」





大きめの器に盛り付けられた美味しそうな料理。正真正銘、の手作り弁当だ。

ようやく完成したことに感激しつつ、ぐっと拳を握って大きな誓いをたてる。






「今度こそ、卓さんに食べてもらうんだから!」











最後の一口は、愛しい貴方へ













「次の日曜に、是非ともさんの手作り弁当を食べてみたいですね」





有無を言わさない笑顔と共にそう告げられたのはもう3日も前の話。

私は恋人の頼みに首を傾げた。





「お弁当…ですか?」

「はい」





にっこりと笑って言われた。唐突に告げられ、不思議に思って尋ねる。





「どうしてお弁当なんですか?」

「私も一度、さんの手料理を口にしてみたいですから」

「それなら別にお弁当じゃなくたって、今度家に作りに行きますよ?」





何故お弁当にそれ程こだわるのかわからずにそう切り返せば、「いいえ」という力強い否定が返ってきた。





「鬼崎君達が食べたことがるにも関わらず、私だけないというのはあまりにも不公平でしょう?だからお弁当」





それはおそらく、以前が手作りの弁当を持って行った時の話だろう。

珍しく手作りだということを言ってしまい、他の面々におかずを散々持っていかれてしまったことがある。

どういうわけだか卓はその話を聞きつけてしまったらしい。





「あ、あははは・・・・・・」






乾いた笑いを曖昧に返すものの卓の表情は変わらない。の肯定を聞くまで、引き下がるつもりはないらしい。

とうとうその笑顔に耐え切れず、は言った。





「…わかりました」











そんなこんなでお昼に間に合うよう弁当を作り出したわけなのだが、これが予想以上に増えてしまった。

1人でなら少量でも別段構わないのだが、2人で食べるとなるとそれなりに量がいる。

卓だって立派な男の人だしに比べれば食べる量も多いだろう。

などと色々考えているうちに、こんなふうになってしまったのだ。

だがやはり一番の理由として、自身が卓に手料理を食べて欲しくて張り切ってしまったのは否定できなかった。





「でもちょっと張り切りすぎた…かな?」





あまりにも量が増えてしまったので重箱に入れてみた。

三段全部を使うと、流石に大きすぎるので二段だけ使うことにしたもののやはり多い。

こんなに食べられるかわからないが、まぁ構わないだろう。

そう決めると手早く身支度をし、大きな弁当を包んで家を出る。

いつもならさほど感じない卓の家までの道のりが酷く遠い。やっとのことで玄関まで辿りつくと、一呼吸おく。

そして卓を呼ぼうとした瞬間、その入り口が音を立てて開く。





「あ」

「――-あぁ、やっぱりさんでしたか。ぴったりですね」





驚くにふふっと得意げに笑うとその足元の大荷物に目線を落とす。

そして嬉しそうに弁当を持った。





「随分大きいんですね。重かったんじゃありませんか?」

「え、あ…そんなことないですよ!」

「とにかく中へどうぞ。これは、私が持ちますから」





家の中へ招かれ多少緊張しつつも、敷居をまたぐ。

卓は軽々と弁当を持ちつつを部屋へと案内した。





「ここで少し待っていてください。今、お茶を準備してきます」

「あ、じゃあ私も手伝いますよ」





すっと立ち上がるものの、その体はそっと卓によって制される。

優しい笑みを浮かべ告げた。






「いいえこれは私が…。折角のさんの手料理ですし、私も自慢のお茶を用意しますので。さんは楽しみに待っていてください」

「そうですか?じゃあ、ここで待ってますね!」





微笑を浮かべると卓は部屋を出た。ふーっと息を吐き、少し緊張する心を落ち着ける。





(だ、大丈夫よ!美鶴ちゃんほどじゃなくたって私も料理好きなんだから。

 それに、美鶴ちゃんに試食してもらったら「美味しい」って言ってもらったじゃない!)





わざわざ台所を借りたのでお礼もこめて美鶴に味見してもらった。

彼女ほどの料理の達人に食べてもらうのはまた一味違う緊張だったが、彼女は笑顔で合格を出してくれたのだ。

大丈夫だと自分に言いきかせつつも不安はぬぐえない。やはり好きな人に食べてもらうというのは、緊張する。





「あ、じゃあ卓さんが来る前にお弁当の準備しちゃおうかな」





卓の“自慢のお茶”は恐らくとても苦いんだろうなーと思うと苦笑がもれるが、それもまたいいだろう。

それは彼と一緒に食事できるときにしか味わえないものだ。

机の上に置かれた包みを広げ、重箱を広げる。

準備と言ってもお弁当なので広げるだけが、こうやって料理を見ると何故か笑顔があふれる。

が卓の笑顔を思い浮かべながら箸を置いたとき、突如右隣から声が上がった。




「んじゃ、いっただきまーす!」




え、と思った瞬間にパクリ。から揚げが一つ、弁当箱から姿を消した。

恐る恐る右側を向いてみれば、なんとそこには――――――




「ななな、なんでここにいるんですか!真弘先輩!!」




うーんと言いつつから揚げを頬張っているのは間違いなく鴉取真弘、その人だった。

ぱくぱくと口を開けるを見て、真弘は笑った。




「おう、そりゃあもちろんの弁当を食いにだよ。なぁ拓磨!」

「えぇもちろんですよ先輩!」

「!?」




勢いよく今度は左側を見る。するとそこには拓磨がいた。

・・・・・しかも、箸を持って。




「それにしてもこの卵焼き、ちょっと甘くないか?」

「う、うるさい!何でこんな所にいるのよ!ここは卓さんの家だよ!?」

「そりゃあお前、弁当あるところに俺達がいるのは当たり前だろ」





何を今更、という感じにしれっと拓磨が答える。一瞬納得しかけるが慌てて首を横に振った。

そんな道理、どう考えても可笑しいだろ。





「何言ってるの!それに、このお弁当は卓さんに食べてもらう為に作ったんだからね!

 あぁっ拓磨、食べないの!」

「うるせーなー。第一、今卓さんいねーじゃんか。なら俺達が食ってたっていいはずだ」





もう意味が解らない。

が唖然としている間に、真弘と拓磨はどんどん弁当を平らげていく。

流石に食べ盛りだけあってそのペースも早い。

などと考えている場合ではない!





「も、もう食べないで下さいよ真弘先輩!拓磨も!卓さんの食べる物がなくなっちゃう!」





慌てて止めようと腕を伸ばすが、2人ともするりとそれを交わしてさらに弁当に手をつけた。





「なははは、このまま大蛇さんが帰ってくる前に食い尽くしてしまえ!おら拓磨食え食え!」

「はい、先輩!」

「ちょ・・・」





このままでは本当に弁当を食べつくされてしまう。

そんな最悪な考えが浮かび上がり、はキッと2人を見据えた。





(折角心を込めて作ったのに・・・。卓さんが、食べたいって言ってくれたから)





これで終ってたまるかと、が立ち上がる。

そして一瞬こちらを向いて油断した二人の間に割り込み、最後の一つとなってしまった卵焼きを箸で奪った。





「これだけはぜーったいに食べさせません!卓さんに食べてもらうんだから!!」





卵焼きを高く持ち上げた瞬間だった。

掴んでいた卵焼きが、箸の間から姿を消す。

驚いて後ろを見上げると、そこにはもぐもぐと口を動かす卓がいた。





「・・・・・・ん、美味しいですこの卵焼き。さんは料理が得意なんですね」

「卓さん・・・・・?」





食べ終わった卓が優しく微笑む。

その笑顔に思わずじーんとしていると、そろりと部屋から出ようとしていた2人へ標的が移り変わった。





「さて、どこへ行こうというのですか?鬼崎君に鴉取君?」

「ひぃっ!」

「私が少し席を離れた隙に家に忍び込み、折角さんが私の為に作ってくれたお弁当を食い尽くしてしまうなんて・・・。
 
 一体どうしてくれましょうか?」





顔は笑っているものの卓が怒っていることは一目瞭然だ。

青くなった2人が硬直している。





「そもそもあなた達は、この間もさんの手作り弁当をつまみ食いしたと聞いてますよ?」

「そ、そんなこともあったっけなー・・・」

「そんなにお説教が欲しいなら好きなだけしてさしあげましょう。ですが」





その卓の言葉に嫌だと反論しようとした真弘と拓磨だが、彼の顔を見て何もいえなくなった。

呆然とそのやりとりを見ていると、くるりと卓がこちらに向き直る。

はっとしたに卓は言った。





「その前にお昼にしましょうか。お弁当は食べられてしまったので、さん、一緒に準備をしてくれますか?」





残念ですと肩をすくめる卓を見つめ、は嬉しそうに笑った。





「はい、もちろんです!」








その後卓と仲良く料理をして昼食を終えた。

だが、真弘と拓磨がどうなってしまったのかは、には知る術がなかった。





あとがき:

またまた卓さんで。お馬鹿な2人を引き連れたお話です(笑
2人は学校で様子が可笑しい珠紀を追いかけてきたとかいう真相です。
手作り料理が食べたかったんですよね。
そして卓さんが相変わらず壊れてる・・・。彼の印象が、私の中ではこんなのなのです。
こんな話ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます!