降り止まない雨の中、カプワ・ノールのラゴウ邸の前。

騎士団として踏み込む事が出来ないフレンの為に、乗り込もうとするユーリについて来てみたら。

聞きなれない声がその場に響き、そっと、は振り返る。









■ 手を繋いで、お姫様









裏口から回れないか?

そうエステルは確かに言ったし、間違いなく、その台詞はユーリ達に向かって発せられた言葉のはずだったのに。

返ってきたのは思いもよらない人物だった。





「残念、外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」





振り返って声の主を目に映したと同時。

蒼い瞳と視線がぶつかり驚いて目を見張るに、声の主は微かに微笑んだように見える。

本当に微かな表情の変化だったのに、その笑みが酷く切なく思えて、はぐっと拳を握り締めた。





(・・・・・・・・この、人・・・・・・?)





「・・・・・・っ!?」




悲鳴を上げそうになったエステルに彼は素早く近寄ると、そっと唇に人差し指を当てる。

"静かに"と、動作でエステルに告げた。

深い紫の羽織に身を包んだ彼は、にこにこと当たり障りのない笑顔を振りまいている。





「こんな所で叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」


「えっと、失礼ですが、どちら様です?」


「な〜に、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」





彼はそそくさとユーリの方へと歩いていくと、意味ありげな笑みをユーリへと向ける。

いつの間にこんな人と知り合ったのだろうかと思いユーリを見ると、嫌そうな、そんな顔をしていた。





「ユーリ、この人とお知り合いなの・・・・?」


「いや、違うから。ほっとけ


「でも、」


「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」


「名乗った覚えはねぇぞ」





その一言に、それまでそ知らぬ顔をしていたユーリが勢いよく振り返る。

なんだやっぱり知り合いだったんだ、なんて思っていたのに、ユーリの表情は険しさを増すばかり。

ぐっと腰に手を回されてユーリの方へと引き寄せられる。

話題の張本人はそんなユーリの態度にも動じた様子はなく、ただ、手にした手配書をひらひらと見せびらかした。





「ユーリは有名人だからね。仕方ないよ。

だって、手配書に似顔絵まで描かれてるんだもん。で、おじさんの名前は?」





ああ、と納得したように頷くと、ユーリは回していた手を離してくれる。

一体何の意味があったのかと小首を傾げていると、カロルの質問に対して彼が面倒くさそうに答えていた。





「ん?そうだな・・・・・・。とりあえずレイヴンで」


「とりあえずって・・・・・・どんだけふざけたやつなのよ」


「んじゃ、レイヴンさん、達者で暮らせよ。もう二度と会うこともねぇだろうな」


「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」


「屋敷に入る方法、あるんですか?」






ニッと含みのある笑みを浮かべたレイヴンの言葉に一同が怪訝そうな眼差しを向ける中、一人が反応する。

するとようやくレイヴンが、嬉しそうにの方を振り返って近づいてきた。




「そうなのよ可愛いお嬢さん!それでだね」


、聞くな。というかあんたもに近づくな、に悪いのが移る」


「ひどっ!そりゃないわよっ」





に近寄ろうとするレイヴンの前に立ち邪魔をするユーリに苦笑する。

だがしかしレイヴンは口で言うほど気にしている素振りを見せず、さっさとユーリの前を通過してしまう。

そのままラゴウ邸の方まで行ってしまうのかと思えば。一旦戻って来た上に、がしり、との手を掴んだ。

「え?」と声が漏れたのと、レイヴンの笑顔が零れたのはほぼ同時だった。





「ちょっとお嬢さんを借りてくわよー!」


「ええええ!?」


「あ、待て、てめっ・・・・!」





ぴゅーんとラゴウ邸の門番がいる所まで一直線。

ユーリがの手を掴むよりも、レイヴンの行動が一足早かった。





「あ、あの、レイヴンさん・・・!」


「んー?ああ、いーのいーの、"レイヴン"で」


「え、あと、じゃあレイヴン・・・・じゃなくて!屋敷に入るって、どうして私が」


「来ればわかるわよ、だいじょーぶ」





繋いだ手を離さぬままに門番の所まで強制に連れてこられてしまう。

この強引さはユーリよりも酷いな、なんて思っていると、レイヴンが信じられない発言をしていた。





「ちょっとおたくら、あっちの壁の所に、このお屋敷に忍び込もうとしてる盗賊がいるわよ?」


「へ!?」


「早く捕まえに行かないとヤバイんじゃなーい?」





黙っててと言わんばかりに握られた手に力が込められる。あまりの強さに一瞬顔をしかめると、すぐに、その力は弱められた。

・・・・・・強引で人の話を聞かないのに、こんなところは優しいんだと、ぼんやり考える。

間違いなく、今はそれどころではなかったのだが。

レイヴンの密告によりそれまでラゴウ邸に侵入者を赦さなかった彼らが、一目散にユーリ達の所へ向かって駆け出してしまった。





「レ、レイヴン!あんなこと言ったらユーリ達が・・・・・」


「いやぁ若いとは青春だねーお嬢ちゃん!さ、今のうちにさっさとお邪魔しちゃいましょうや」


「だってユーリ達を囮にしちゃうだなんて。レイヴンさっき、お屋敷に入る方法は任せろって言ってたのに」


「ありゃ?おっさんは"屋敷に入る方法"とは言ったけど、"君達が屋敷に入る方法"とは言ってないわよ?」


「っ!」





(なんて・・・・・・意地悪なの!)





呆気に取られるものの、レイヴンが笑顔を向けるから怒るに怒れない。

なんとなく、その笑顔に負けてしまったのが不思議でたまらないと思っていると、再び手を取られる。





「さ、行くよお嬢ちゃん」





まだ何かあるのかと問うよりも先に、手を引かれラゴウ邸へとあっさりと侵入してしまう。

門から裏手へと回ると2つのエレベーターがあり、どちらに乗るべきかと、レイヴンが思案していた。

その瞬間、遠くからユーリの声が聴こえてくる。





「こら待ておっさん、を返せ!」


「よう、また会ったね。無事でなによりだ、んじゃ」


「ユーリ!・・・・って、え、ちょレイヴン離してー!」


!!」





左側の入口に連れられて乗り込むと、装置が作動し一気に上へ向かって動き出す。

下でユーリが呼ぶ声が聴こえてきて不安げに見下ろすものの、もう姿は見えない。

完全に離れてしまった。呆然と座り込んでしまったの肩を、ぽん、と事の犯人が叩く。





「こんな場所ではぐれちゃった・・・・・・も、どうしよう・・・」


「まあまあ、そう嘆きなさんなって。世間は案外狭いから、またすぐに会えるってもんよ」


「・・・・・・・・。全部、レイヴンのせいなのに」





恨みがましい目を送ると、レイヴンはそ知らぬ顔をしてしまう。

こんな敵の屋敷に一人で取り残されてしまうだなんて、絶対に嫌だし、危険すぎる。

それなりに剣にも覚えがあるし、術にも多少なら精通しているが、そういう問題ではない。

どうしようと泣きそうな顔をしているとレイヴンが優しく笑った。





「・・・・・・・・・・・・大丈夫よ。ちゃんと、おっさんがあいつらの所に返してあげるから」


「本当・・・・?」


「ホント、ホント。おっさん、可愛い子には嘘つかないわよ?」





胡散臭くて、強引で、嘘ばっかりなのに。

今はそれを信じる他はなくて、小さく、は頷いた。








(・・・・・・!)


(ユーリ、やっと会えた・・・!って、あ、あれ?レイヴンは・・・)


(あんにゃろう・・・・・!)












本編沿い、カプワ・ノールのラゴウ邸入るまで。
別名、レイヴン出現編。






2009/11/19