本当は知っていた。
「ああああ!パナシーアボトルが底を付いてるよ・・・・ど、どうしようユーリ」 「あ?んなの、次の町で調達すりゃあ良いだろうが」 鞄の中を漁ったカロルが涙目でユーリに縋り付くも、当の相手は面倒くさそうに一刀両断。 補充を怠ったのだとリタに叱咤されるカロルに内心溜息をつく。 さてどうしたものか。思案していると、彼女がカロルに優しく告げている様子が目に入る。 「大丈夫ですよカロル。パナシーアボトルなら、材料があるので調合出来ますから」 「え?で、でも、そんなの簡単に出来ないし・・・というか、僕らじゃ」 貸して、と少女が手を出す。戸惑うカロルを尻目に、嗚呼、と納得した。 そうだ。彼女は――― 「私、実は薬師なの。調合だって出来るのよ?」 悪戯っぽく笑みを浮かべるにカロルの目がキラキラと輝いた。 ■ 胸の中に燻ぶる感情は
パナシーアボトルの生成に加え、底を尽きかけてきているアイテムの補充ということで、が調合を一手に引き受けた。 多少時間がかかるだろうと告げると、彼女は一行から離れた場所で作業を始めてしまった。 何でも「近くにいると危険かもしれないから」だとか。一体どんなことを行っているのだろうか。 姿の見えないの背中を探すように、視線を彼女が消えた方向へ向けていると、カロルの興奮気味の声が響く。 「凄い、凄いよ!調合だけじゃなくてオリジナルの薬品の調合も出来るなんて! もーっユーリどうして教えてくれなかったのさ。僕、の作業見たいなぁ・・・・・・・」 「止めておけ。俺も昔覗き見しようとした事あるけど、そりゃあもう酷い目にあったんだぞ」 「・・・・・え、ひ、酷い目・・・・?」 「ま、実際に危険なんだろうな。の本気の説教が聴きてぇなら止めねぇぞ?カロル先生」 ぶんぶんと青い顔をしたカロルが首を横に振る。可哀想に、恐がってる。 「別に隠してたわけじゃないけどな。今まで特に調合する機会も無かったしなぁ・・・・。 はザーフィアスでも特別評判のいい店の看板娘で、腕が良いんだぜ? 貴族様から直々にお声がかかるくらいの有名人なんだよ」 「まぁ!では噂の"魔法の薬師"っての事だったんですね。私も知ってます!」 「魔法の薬師、ってなぁーに?嬢ちゃん」 「貴族の方で噂に上がっていたのですけれど、とっても質の良いお薬を調合してくれるのだと聞きました。 恋のお薬も作ってくださる、と聞いたのですけれど・・・・本当だったんでしょうか?」 そりゃあデマだな、とユーリが一蹴するとエステルが落ち込んだ様子で肩を落とした。 腕の良い薬師の噂が噂を呼んでこうなったのだろう。 それに加え薬師が年若い少女とくれば、その手の噂があっても可笑しくはない。 恋の薬か、と呟くとリタの不機嫌な声が飛んできた。 「恋の薬なんて欲しがる奴の気がしれないわね。 そんな非科学的な物質に頼った所で、一体どうするってのよ? もしあたしが薬の被験者になる立場なら、絶対に御免だわ。得体が知れない薬ほど怖い物はないっての」 「あら。でも、どんな事をしても意中の殿方をこちらに向けて欲しい、という願い自体は良いんじゃないかしら? 科学的根拠のないお薬にだって、手を出してしまいたいほど、本気ってことでしょう。可愛らしいわね」 「あんたは面白がってるだけでしょうが」 「うふふ、バレちゃったわ」 クスクスと笑い声を零すジュディスに呆れ顔でリタがボヤく。 「んな薬があれば世の中世話ねぇぜ」というユーリの言葉に、誰も反論はしない。 エステルとカロルはやはりどこか落ち込んだ様子から見て、使いたい相手でもいるのだろうか。 自分はどうだろうとレイヴンは一人の少女を想い浮かべた。 (・・・・・・・此処でちゃんが真っ先に思い浮かぶ時点で、俺も相当キテる、わな) あんなに歳の離れた少女に本気になるなんて馬鹿馬鹿しい。 冷静に自分に対して辛辣な言葉を投げてくる自分を確かに感じるのに、同意出来ない。 歳は離れている。そんなことは百も承知だが、それをあまり問題には感じた事はないのだ。 実際、他にもっと重大な問題があるのだから。 最も。その"問題"は、詰まる所自分の事なのだが。 「皆お待たせ!調合終わったよーっ!」 思考を接続するかのようにの声が飛び込み、ハッと視線を上げた。 つい先程まで彼女の姿を追っていた方角から、腕に抱えきれない道具を持ったが歩いていた。 「はいカロル!切らしていた道具の補充と、後、ついでだから私のオリジナルの薬も調合したの。 ユーリってばいつも傷を作ってくれちゃうから、その分もね」 「俺が怪我してもが看病してくれるんだから、問題ねぇだろ」 「・・・・・・・怪我をしない努力をして、って言っても、ユーリは聞かないか」 「良く解ってんじゃねぇか。流石俺の幼馴染だな」 はいはい、と適当に返事をする。2人のやり取りを相変わらず複雑な面持ちで眺める。 レイヴンの心情など露も知らず、が手にしていた道具をカロルへ手渡す。 ボトルにグミ。購入するものとほぼ変わらぬ完成度の高さに、女性軍団(+カロル)が賞賛の言葉を上げていた。 面白くない、空を仰ぎ見ていると、ふいにすぐ隣で少女の声が響く。 「レイヴン」 「・・・・・へ?あ、ちゃん。どったの?おっさんに用事?」 あのね、と口を開くの向こうにはしゃぐ皆の姿を見た。 反射的に拗ねたような表情になったレイヴンの変化に気付かず、が小さな小瓶を差し出してきた。 手のひらにすっぽりと収まるほどの透明なボトル。その中に、これまた綺麗な液体が在った。 「ちゃん、これ・・・・・・?」 「皆には内緒だよ?レイヴンの為に作ってきたの。貰ってくれる?」 失ったはずの胸が激しく打った気がした。 落ちつけ、と混乱する頭を必死に動かして、動揺を悟られないように視線を逸らして。 「ど、どったの俺様なんかに薬って。あ、もしかしておっさんの為に恋の薬でも作ってくれちゃったり?」 「恋の・・・・?ううん、そんな物じゃないけど・・・・・というかそんな物ないし、私は作れないわ! コレね、ザーフィアスのお店でも出してた私の特別なお薬なの。 二日酔いに良く効くから、今度お酒を呑み過ぎた時はこの薬を飲んでみて。きっと症状が緩和するわ」 「・・・・・・俺様の為に、これを?」 「だけどあんまり飲み過ぎちゃ駄目よ、レイヴン」 にこり、と。頬笑みを向けられて薬を強く握ってしまう。 (―――――ほら、すぅーぐこれだよ・・・・・駄目だな、こりゃ) 泣きそうになったのを隠して「ありがとう」と笑う。するとも嬉しそうに笑い返してくれた。 こんな風に気にしてくれるのが死ぬほど嬉しいなんて、馬鹿げてる。 なのに心が破裂してしまいそうで、この感情の名前は確かに知っていて、隠しようもなくて。 嗚呼、嬉しいと、感じた。 (・・・・・・本当はもうお酒を飲みに行って欲しくない、とは言えないものね) (え、ちゃん何か言った?) (ううん!今度は私もレイヴンとお酒呑みたいなって思ってたの)
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