「大丈夫よ。俺様、ちゃんみたいな可愛い子を放っておいてどっかに行ったりなんかしないわよ」


嘘だ、と思った。根拠があるんじゃない、ただ純粋に、そう感じた。

浮かべる笑みが素顔を隠す仮面だと気付いたのは最近で、言い知れぬ不安に駆られたのは先程。

焦燥が身を焦がす。何か言わなければいけない、この人を繋ぎとめる何かを。

解っているのに。何も、思い浮かばない自分が悔しかった。

ぐっと唇をかみしめる。彼に悟られるよう、笑みを浮かべた。


「・・・・・・うん、そうだね。ごめんね、変な事言っちゃって」


すぐ背中の扉に手をかけた。部屋に戻ろうとしたに、レイヴンの声が届く。


「じゃあね、ちゃん」

「・・・・・・違うわ、レイヴン」


もう一度だけ振りかえる。すると驚いたようなレイヴンの顔が見えた。


「"さよなら"は、言わなければ別れじゃないの。だから・・・・・いってらっしゃい、よ」

「・・・・・・たかだか散歩くらいで大袈裟だねぇ」

「うん。でも、・・・・いってらっしゃい、レイヴン」


その後幾らかも経たず。レイヴンとエステルの姿が消えた。







■ 自分はいずこに






騎士団長アレクセイ。その人が、エステルを利用しようと企んでいるのだと知った。

彼女の命を助けようと、忘れられた神殿バクティオンに乗り込みんだ。

神殿の奥深く、エステルを道具として使うアレクセイの後を追う為に駆け出そうとした瞬間、突如現れた人。

眼を、見張った。それは遠い記憶の中、私がずっと探していた人だった。

鮮やかな夕焼け色の甲冑、凍てつく色合いの瞳を持った、けれど優しい人。

私の。初恋の人、





「・・・・・・・シュヴァーン、さん・・・・・・・?」





一度だけ彼が振り返った気がした。

一瞬垣間見た彼の姿に、時が止まったような錯覚さえ覚えて。

騎士団主席隊長シュヴァーン・オルトレイン。アレクセイの部下で、立ちふさがる敵、初恋の人。

彼を形容する言葉を必死に探して、でもそのどれでもない言葉が、名前が、浮かんだ。





「シュヴァーン隊長・・・・・・!」


「いつも部下に任せきりで顔見せなかったクセに、どういう風の吹きまわしだ?」





フレンとユーリの声に続いてラピードが吠えた。

待って、と小さく呟くと、すぐ隣にいたリタが当惑したようにを振りかえる。

の声はシュヴァーンに届き、彼は一瞬だけ、嘲るように笑んだ。






「・・・・・・・やはり、犬の鼻はごまかせんか」


「・・・・・・この声・・・・・・まさか・・・・・・」






堪え切れなくて、叫んだ。





「――――――っレイヴン!」





シュヴァーンがこちらに振り向く。髪で隠れていた彼の顔が映り、動揺と驚愕が奔る。

彼の顔が重なる。ザーフィアスの王城で迷子になった時、助けてくれたシュヴァーン。

そして、旅を共にしたレイヴン。2人の顔が、今、重なった。






「冗談・・・・・・ってワケじゃなさそうね」


「ギルドユニオンの幹部が騎士団の隊長!?」


「成程な、そういうことかよ」





ユーリが1人苦笑いを浮かべているのがわかった。

仲間の悲痛な叫びを聞きながら、じっと、彼の眼を見つめていた。

今まで一度も目にした事のないような冴えた色を湛えた瞳にぶつかり、感情が高ぶる。

この感情の名前を、私は知っている。







「俺の任務はお前達とお喋りすることではない」


「そうかい・・・・・・だけど、こっちは急いでんだ。通してくんねぇか。それとも、本気でやり合うつもりか?」






ユーリの問い掛けにシュヴァーンは答えない。ただ静かに、腰の剣を引き抜くだけ。

小さな罵声がユーリから洩れた。





「帝国騎士団主席シュヴァーン・オルトレイン、・・・・・・参る」






名乗ると同時に駆け出し、翻る剣に向かって剣を振りかざした。

キィイインと刃がぶつかる金属音が響く。感情を宿さない瞳が目の前に広がり、が笑みを浮かべた。

背後から名前を呼ぶ声が聞こえ、剣をはじき返す。





(この感情は――――――怒りだ)






に続くように皆が武器を構える。しかし彼らを振りかえる事なく、今度はから駆け出した。

刹那躊躇うような表情をシュヴァーンが浮かべた気がしたのは、きっと見間違いだ。

彼は、向けられた凶器を受け止め、いとも簡単にさばいたのだから。






「此処を通して下さい・・・・シュヴァーンさん。私達は、大切な仲間を助けに行かなくてはいけないんです」


「ならば、俺を倒していく事だ・・・・っ!」







金属音が止まない。剣術が彼に適うはずがない事なんて百も承知だが、距離を置けば彼の術が飛んでくる。

ならば飛び込むしかないと、勢いを付けて懐に飛び込んだ。

けれど押し負けた剣は軽々と宙を舞う。






(私は、何をしているんだろう)






無防備な状態の目掛けて振り下ろされた剣は、リタの術により阻まれる。

間をおかずユーリ達の攻撃がシュヴァーンに向けて放たれ、剣を再び手にしたと同時に癒しの光がを包む。

振り返ると、フレンが険しい顔をしてこちらを睨むように見つめていた。






「フレン、ありが・・・」


「っ君は、独りで、無茶をし過ぎだ!」






飛んできた叱責にひゃっと肩を揺らすものの、憤怒の表情のフレンは全く容赦がない。

先に独りで突っ込んだ事が余程彼のお気に召さなかったのだろう。

ごめんと謝ると、フレンの溜息が聞こえた。






「・・・・・・・あまり、無茶をしないでくれ」






の返事を聞く事なく、今度は彼がシュヴァーンに向かって駆け出す。その背中をじっと見詰めた。

多勢に無勢、シュヴァーンはたった一人で相手をしているというにも関わらず、全く引けを取らぬ戦いを繰り広げている。

剣を持つ手が震えた。何故、再び胸の中で問いかけた。






(これは、あなたの望んだ事?あなたの、意志なの?―――レイヴン)







好きだった。

たった一度しか逢ったことのない優しい騎士様、憧れの、初恋の人が。

レイヴンは"初恋の人"とは似ても似つかない人物だった。

飄々として掴みどころがなく、神出鬼没、信頼できる要素なんて欠片も持ち合わせてない人。

似ている所なんて何一つ無いと思うのに。それでも、






「これが、てめぇの望んだ結果なのかよ、レイヴン!」


「俺は"レイヴン"等という男ではない。俺は、シュヴァーンだと言っている」






再び剣を持って駆け出した。もう一度、戦う為に。

彼を止める為に、助ける為に、救い出す為に。何故ならば






(それでもきっと、恋だった)






同じ人に2度も恋をするなんてと、微笑んだ。






、お前・・・!」


「私は、こんなの赦さない」


「何を赦さないと言うのだ、お嬢さん」






やめて、と首を振った。下がれというユーリの声には従えない。

吹き飛ばされたユーリに代わって剣を振り上げ、シュヴァーンの剣とぶつかりあった。

ギリギリと全力で重い太刀筋を受け止めながら、囁く。





「――――――――大丈夫だよ」






シュヴァーンの目が見開かれた。

弾き飛ばされたをユーリが寸前で受け止めたが、振り返る事なくもう一度駆け出す。

何時しかと2人の攻防戦になり、仲間の攻撃が緩む。

緊張した面持ちで見守る視線の中、額に汗を浮かべ、出来る限りの笑顔を貼り付けた。






「何も、変わってない。皆、何も変わってないよ。大丈夫」


「・・・・・・っ何を、ごちゃごちゃと!」






キィインと高音を響かせ、の剣が宙を舞う。

誰かが名前を呼ぶのが聞こえた。振り返らない、舞った剣を放置し、微笑んだ。

彼の澄んだ瞳が何よりも愛しい。愛しくて、堪らない。






「レイヴン」






刹那、彼の動きが止まったように感じた。それはの錯覚かもしれないが。

けれど再びシュヴァーンは表情を消し去り、手にした剣を振り上げに襲いかかる。

逃げない、避けない、視線を逸らす事なく立ち塞がっていると、ふいに、強い力で突き飛ばされた。

シュヴァーンの剣を受け止めたのは、ユーリだった。





「いい加減にしろよ、おっさん―――――――!」






鋭い金属音が木霊する中、ユーリとシュヴァーンの剣が互いに交差する。

全く違わぬ速さで打ちつける剣のぶつかり合いを間近で見つめていた。

永遠に続くかとさえ思われたその瞬間、シュヴァーンの腕がだらりと力なく落ちる。

既に振りあげられていたユーリの剣は止められる事は無く、シュヴァーンの身体を引き裂いた。





「レイヴンっ!!」






聞こえる悲鳴の中、は目の前に広がる光景に息を呑んだ。

引き裂かれた服は彼の胸を裂いたと思った。だが、飛び出した光景は、






「・・・・・・・心臓の・・・・・魔導器・・・・・?」







彼の命を脈打つ筈の場所に、確かに、魔導器があった。

どくん、どくんと音を立てる機械に、手が震えた。












(彼が何を想って此処にいたのか、私には想像できるはずもなかった)


(だって彼は)


(死に場所を求めるほどに、苦しんでいたのだから)















*ミョルゾ⇒バクティオンまでの連作。1つの山場。
「貴方はここに」に続きます。

お題サイト様「コ・コ・コ」より
●そこにある6のお題

2011/05/25