初恋は?と聞かれると、恥ずかしながら結構最近の話だったりする。 私はどちからと言えば恋愛に関しては疎く(ユーリ曰く鈍感)あまり経験がない。 男性が嫌いとか、恐怖の対象というわけではないのだ。 ただ私にはよく解らなかった。家族や友人達とは異なる種類の"愛情"というものが。 小説に出てくるヒロインに憧れ、歌劇で表現される身も心も焦がす愛を憧れ。 それでも私には恋愛がいまいち理解出来なかった。 だから本当に驚いたのだ自分でも。"彼"に出逢った瞬間、恋に落ちるなんて。 一目惚れなんて、私から一番縁遠い言葉だと思っていたから。 「・・・・・・・立てるか?」 差し出された腕の温もりを知っている。凍てつくような冷えた瞳を覚えている。 シュヴァーン・オルトレイン。初恋の人の名前を知ったのは、実は、ここ最近なのだけれど。 ■ 終わりから始まった
ユーリとフレンの入団式が行われる事を知ったのは当日。 本当は2人の様子を、騎士団の格好を是非見に行きたかったのだが、早々に王城へ足を踏み入れられない。 入団式なんて尚の事。けれど神様はとても優しいようで、私に彼らの姿を目にする機会を下さった。 義父から「今日中にちょっと王城まで薬を届けてくれ、頼むな」と言われたのである。 ザーフィアスでも屈指の腕前の薬師の父には、貴族の方の顧客も大勢いる。今回は騎士様相手だそうだ。 王城は度々来る事があるが、騎士様の所まで来るのは初めてで。 「・・・・・・どうしよう、迷った、かしら?」 手渡された紙切れをじっと見詰めるが、どうにも位置を把握できない。 唯でさえ今日は新騎士の入団式が行われるという事もあり、階級の高い騎士が大勢集まっている。 あまりグズグズしていると誰かに見つかってとやかく言われるかもしれない。 別にやましい事をしているわけじゃないが、は早く薬を届けようと思った。 「可笑しいなぁ・・・・・ナイレンさんの所まで、って聞いたんだけど。んもぅ、此処、広すぎるわ・・・・・」 ぶつぶつと文句を言いながら紙切れと睨み合いをしながら足を進める。 すると、視界を影が一瞬遮る。え、と顔を上げた時には既に遅く、は勢いよく尻餅をついていた。 「・・・・った、ぁ」 「すまない、余所見をしていた。・・・・・・・立てるか?」 振ってくる落ちついた声色に驚いて顔を上げると、精悍な顔つきの男性が手を指し伸ばしている。 トクン、と確かに胸が高鳴ったのを感じた。 男性の手を反射的に取り立ち上がると、慌てて頭を下げる。 「す、すみません、私ったら前も見ないで歩いていたから・・・・!あの、どこもお怪我はありませんか?」 「いや、問題無い。私こそ失礼した。お嬢さんに怪我をさせては騎士失格だな」 「そんな」 騎士、の一言でハッとする。良く見れば相手の人は騎士団の服を着ている。 下町や市民街で見る一般兵とは造り異なる服装に、彼が下級騎士ではない事を察した。 なんてことだ。胸の高鳴りなど構っている場合ではない、青くなっては男性の服の裾を掴む。 「ほ、本当に何処も痛いところは・・・・?私ったら騎士の方になんて事を―――! もし何かありましたら、えっと、ザーフィアスの市民街にある家を尋ねてください。 薬師をしているので恐らくすぐに見つかると思うので・・・・・ああ、私もう本当に・・・!」 「気にする必要はない。だが、、・・・・君が噂の薬師の看板娘か」 なるほど、と男性は何かを考え込むような素振りをした。 不謹慎だと思うが、は彼をぼんやりと夢心地で眺めた。 震えるほど緊張してしまう、鼓動が激しい、ああ、顔の火照りがどうか見抜かれませんように・・・! 顔を伏せるの反応を怖がっているのだと勘違いした男性は、すまないと一言謝罪する。 「君が薬師の所の者だとして、何故こんな所に? 本日は重要な式が執り行われるので、一般人は入室出来ないはずだが」 「あ、私本日中にと連絡のあった薬を届けに・・・・えっと、その」 「つまり迷子になったのか。では、恐らく目的地は向こうだ。あちらになら話をつけてくれる者がいるはずだ」 案内しようかという申し出に慌てて全力で拒否した。 そんな迷惑はかけられない、という想いも勿論あったが、これ以上この人と一緒にいるなんて堪えられない気がした。 彼はの態度を不審に思う事も無く、礼をすると足早にその場を去ってしまう。 騎士の後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くしたは、今度こそ目的地へ向かって慌てて歩きだしたのだった。 「・・・・・・・・噂の薬師の看板娘、か」 もう今になっては彼の顔は良く覚えてない。本当の事を言うと、緊張しすぎて顔をよく見ていなかった。 名前も聞かずに飛び出してしまった事を後悔したが、後にきっと解るだろうとは期待したのだが、それは叶わない。 何度か騎士団に接触する機会はあったが、彼を見つける事は無かった。 逢えば解る自信はあったのに、彼は、見つからなかった。 だからにとっての初恋の人は、"優しい騎士の人"という曖昧なものとなるのだった。 * * 「それでですな!我が隊の隊長は本当に素晴らしく、強く、素敵なお方なのですぞ!」 「まあ、そうなんですかルブランさん。あ、頼まれていた薬はこれです、どうぞ」 薬の入った袋を手渡しながらルブランとの世間話に花を咲かせる。 ルブランはが初恋の人と出会って暫くしてから訪れるようになった、常連さんだ。 何時も訪れるたびに、彼の敬愛する"シュヴァーン隊長"について詳細に語ってくれる。 ルブランが来ない時は、アデコールとボッコスという2人組も来てくれる。 そして同じようにシュヴァーン隊長の素晴らしさを熱弁に語ってくれるのだ。 本当にルブランは上司を尊敬しているのだなと笑えば、ルブランは何処か落ち込んだような面持ちで薬を受け取った。 「・・・・・・・シュヴァーン隊長、申し訳ありません」 「どうかなさったんですか?」 「いえいえこちらの話!しかし、まっこと、殿の薬の効果は抜群でございますな! 我が隊長も重宝してくださっておりますぞ」 「噂のシュヴァーン隊長まで御贔屓にしてくださってるなんて嬉しいです、ふふ」 では、と言って店を後にするルブランを見送って店番についた。 今日は随分とお客さんが少ない。特別に注文を受けた薬の精製も順調だし、のんびりできそうだ。 手に入れたばかりの本を読もうかとが入口に背を向けていると、扉の開く鈴の音が聞こえた。 「あ、いらっしゃいませ」 振りかえった先。紫の衣装を身にまとった、見慣れぬ男性が立っていた。 「初めてのお客様ですか?」 「ん、そぉーね来るのは初めてかしら・・・・・・」 「どんなお薬をお探しです?あ、調合も行っているので、依頼して下されば準備しますよ」 にこりと笑みを漏らすと男性が優しい目をしてこちらを見ている事に気付いた。 なんとなく恥ずかしくて、ふいと視線をそらしてしまう。 「んじゃ、とりあえずグミを一通りくれるかね」 「解りました、少々お待ち下さい」 色とりどりのグミを手に取り袋に詰める。 作業の間ずっと彼の視線が向けられているのを感じて、身体が火照ったように熱い。 今日はお客さんが少ないからそう思うのよ、と言い聞かせるようには袋にグミを収めた。 お待たせしました、と袋を渡すと彼は代金を支払う。 またいらしてくださいね、と決まり文句を言うと、一度だけ男性がこちらを振り向く。 「ん、またね・・・・・ちゃん」 (・・・・・・あれ?) カランと扉が閉まると同時鈴の音がある。ぽかんとした表情で、はお客を見送った。 「・・・・・・私、名前なんて言ったかしら・・・・・?」 男性は手にした袋から小さなグミを手に取ると、ぽいと口に放り込んだ。 独特な弾力を持ったグミが口の中いっぱいに広がる。 造り手の顔を思い出して、1人嬉しそうに笑むのだった。 (ルブラン小隊長殿ぉおおおお!もう無理であります、) (ええええいだまらんかい!我らがシュヴァーン隊長の想い人殿に、なんとしても、隊長の良さを伝えるのだっ)
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